るまでには、まだ相当の間《ひま》がかかるだろうと思ったので、更に向きをかえて髪結床へはいると、ちょうど客がなくて、甚五郎は表をながめながら長い煙管で煙草をのんでいた。
「やあ、親分。先ほどは……」と、かれは起って挨拶した。「きたないところですが、まあお掛けなさい」
自分の店へ髪を結いに来たのでないことは甚五郎も初めから承知しているので、かれは粉炭《こなずみ》を火鉢にすくい込んで、半七の前に押し出しながら話しかけた。
「親分も清水山の一件をお調べになるんですかえ」
「世間がそうぞうしいので、まんざら打っちゃっても置かれねえ」と、半七も煙草入れを出しながら云った。
「実はさっきお話をしませんでしたが、池崎の屋敷の中間のほかに、こんなことがありましたよ。これはわたしだけが知っていることなんですがね。なんでも八月の中頃からでしょうか、変な男がときどき髪を束《たば》ねに来るんです。ひとりで来る時もあり、二人づれで来る時もありましたが、まあ大抵はひとりで来ました。年頃は三十五六でしょうか、色の黒い、骨太の、なんだか眼付きのよくない男で、めったに口をきいたこともなく、いつも黙って頭をいじらせて、黙
前へ
次へ
全64ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング