あって、詰まらない噂を立てられるのを、その時代の人はひどく嫌っていたので、喜平は銭湯《せんとう》へゆくほかには、日が暮れてから外出することを当分さし止められてしまった。かれらに代って、大入道や九尾の狐の正体を見とどけに出かけてゆく勇士もあらわれなかった。
問題の白い浴衣も寒空にむかっては姿をあらわさないとみえて、その方の噂はだんだんに消えて行ったが、喜平らによって新らしく生み出された大入道と九尾の狐の噂は容易に消滅しないばかりか、それを瓦版にして売りあるく者さえ出来たので、八丁堀同心らももう棄てておかれなくなった。前にも云ったようなわけで、町奉行所では大入道や九尾の狐を問題にはしなかったが、八丁堀の人々はともかくも一応は念のために、その噂の実否を取り調べておく必要をみとめた。場所が神田にあるので、三河町の半七が八丁堀の猪上《いがみ》金太夫の屋敷へ呼ばれた。
「半七。お前の縄張り内に大入道と九尾の狐が巣をつくっているそうだ。どうも大変なことだな」と、金太夫は笑った。「あんまりばかばかしいと思うものの、世間を騒がせることはよくねえことだ。わざわざおまえが汗をかくほどの仕事でもあるめえが、
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