儀を恐れて、その口をふさぐために息の根を止められるようなことが無いとも限らない。なぐられ損で忌々《いまいま》しいとは思いながらも、かれは銀蔵にうながされて、すごすごと此処を引き揚げることになった。
店へ帰って、その晩は無事に寝たが、喜平はくやしくてならなかった。化け物ならば格別、どうも人間らしい奴の大きい手で、眼から火の出るほどに撲り付けられたことが忌々《いまいま》しくて堪まらなかった。かれは明くる日の午過ぎに、裏手の材木置場に出てゆくと、そこには切組みをしている五、六人の大工が食やすみの煙草を吸っていた。おなじ店の若い者や、河岸《かし》の荷あげの軽子《かるこ》なども四、五人打ちまじって、何か賑やかにしゃべっていた。喜平もその群れにはいって、ゆうべの失敗《しくじり》ばなしをはじめた。
「おらあくやしくってならなかったが、銀の奴が弱いもんだからとうとう詰まらなく引き揚げて来てしまった。なんとか意趣がえしのしようはあるめえかしら」
大勢は好奇の眼をかがやかして、息もつかずにその話を聞きすましていたが、そのなかでも勝次郎という若い大工はそれに特別の興味をもったらしく、ひたいの鉢巻をしめ直
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