出して来たんです。箱は雨露《あめつゆ》にさらされているが、そんな古いものじゃ無さそうだということでした」
「犬が啣《くわ》えて来るくらいじゃあ大きなものではあるめえね」と、半七はきいた。
「それでも長さは小一尺ほどもある細長い箱で、はて何だろうとすぐに打ち毀《こわ》してみると、なかには藁人形……。それはまあ有りそうなことですが、ねえ、親分、凄いじゃあありませんか。藁人形には小さい蛇をまきつけて、その蛇のからだを太い竹釘で人形に打ちつけてある。蛇はまだ死なねえとみえて、びくびく動いている。さすがの中間共もわあっ[#「わあっ」に傍点]と云って、おもわずその箱をほうり出したそうですよ。それでも気の強い奴があって、よくよくあらためて見ると、また驚いた。というのは、蛇ばかりでなく、人形の腹には壁虎《やもり》が一匹やっぱり釘づけになって生きている。よっぽど執念ぶかい奴の仕業《しわざ》に相違ありませんね」
「それから、その箱をどうした」
「中間たちも薄気味悪くなったんでしょう。こんなものはしょうがねえというんで、川へほうり込んでしまったそうですよ」
半七はまた舌打ちした。その怪しい箱が何かの手がかりになろうものを、神田川へほうり込んでしまわれてはどうにもならない。それだから素人には困ると思いながら、それからどうしたと更にたずねると、中間どもはその上にまだ何かの獲物があるかと思って、再び犬を追い込んでみたが、犬は空しく引っ返して来たので、もう仕方がないとあきらめたらしく、そのまま引き揚げてしまったとのことであった。
「じゃあ、誰もはいっては見なかったんだな」と、半七は念を押した。
「誰もはいった者はなかったようです。なんのかのと云っても、やっぱり気味がよくねえんでしょう」と、甚五郎はまた笑った。
かれらに踏み荒らされないのが、せめてもの仕合わせであったと半七は思った。甚五郎にわかれて、半七はこれからともかくも山卯の材木店へ行ってみようかと、岩井町の方へふみ出すと、ちょうど幸次郎の来るのに出逢った。かれは親分の顔を見て駈けて来た。
「とりあえず山卯へ行って、発頭人の喜平を調べて来ました。それから建具屋の茂八も一と通りは調べましたが、どうもこれという手がかりもねえので困りました。木挽の方は善八が出かけて行きましたから、なにかいい種をあげて来るかも知れません」
大入道や九尾のきつね
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