。そう云われると、まったく一言もない。それでもきのうのきょうである。殊に余の品とも違って、めったに売れそうもないものであるから、おそらく無事であることと多寡をくくって、唯今かさねて来てみると、間《ま》の悪いときは悪いもので、その仮面はひと足ちがいで他人《ひと》に買われてしまった。さてこうなると、どうしていいか判らない。今さら歯咬みをしても、地団太《じだんだ》をふんでも、取り返しの付かないことになった。
「手前が重々の不調法《ぶちょうほう》、その申し訳には腹を切るよりほかはござらぬ」と、武士は蒼ざめたひたいに太い皺を織り込ませて、唸るように溜息をついた。
孫十郎もいよいよ当惑した。理窟をいえば、勿論この若侍の不念《ぶねん》に相違ない。重役たちの云う通り、それほど大切な詮議の宝を見つけたならば、なにを措《お》いても買い戻しの手だてをめぐらすべきであった。それを怠って、今さら悔むのは不覚である。しかしその不覚は不覚として、この侍の身になってかんがえると、まったく途方にくれることであろう。申し訳の切腹もあるいは是非ないかも知れない。まさかにこの店さきを借用するとも云うまいが、老い先のながい侍
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