の仮面は屋敷の御先祖が権現様から直々《じきじき》に拝領の品で、それを迂濶に紛失させたなどとあっては、公儀へのきこえも宜しくない。そういうわけで、屋敷の方でも他聞を憚《はばか》って、飽くまでも秘密に穿鑿《せんさく》しているのである。それを自分がきのう測《はか》らずもここの店で見つけた。見つけてすぐに掛け合えばよかったのであるが、ほかに用向きをかかえていたので、そのままに見過ごしてしまった。それが自分の重々不覚で、今さら後悔のほかはない。ゆうべは遅く帰ったので、けさ改めて重役方にそのことを申し立てると、自分はひどく叱られた。
 大切な御品を発見した以上、何事を差しおいても其れを取り戻す工夫をしなければならないのに、うかうか見過ごしてしまうとは余りの手ぬかりである。寸善尺魔《すんぜんしゃくま》の譬《たと》えで、万一きのうのうちに他人の手に渡ってしまったらどうするか。持ち合わせの金がなければ、相当の手付けを置いてくるか、万やむを得なければ屋敷の名をあかしても店の者に持たせてくるか、なんとか臨機の処置を取るべき筈であるのに、そのままに見過ごすとは何事であるかと、自分は重役方からさんざんに叱られた
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