がすのに難儀であろうから、おまえが行って案内してやれと殿様が仰しゃった。支度がよければすぐに来てください」
「それは御苦労でござります」
案内者が来てくれたので、喜右衛門はよろこんだ。早々に飯をくってしまって、かのうずら籠をかかえて店を出ると、表はもう暗かった。草履取りの中間《ちゅうげん》と話しながら新宿の方へ急いでゆくうちに、細かい雨がふたりの額のうえに冷たく落ちて来た。
「とうとう降って来た」と、中間は舌打ちした。
「あしたもどうでしょうかな」
こんな話をしながら、ふたりは足を早めてゆくと、やがて新屋敷にたどり着いた。小雨の降る秋の宵で、さびしい屋敷町は灯のひかりも見えない闇の底に沈んでいた。中間は或る屋敷のくぐり門から喜右衛門を案内してはいった。屋敷のなかも薄暗いのでよくは判らなかったが、内玄関のあたりは随分荒れているらしかった。中の口の次に八畳の座敷がある。喜右衛門をここに控えさせて、中間はどこへか立ち去った。
座敷には暗い灯が一つともっている。その光りであたりを見まわすと、もう手入れ前の古屋敷とみえて、天井や畳の上にも雨漏りの痕《あと》がところどころ黴《か》びていて、襖
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