にね」と、かれは更に顔をしかめた。「例の浪士という奴が異人を狙ってはいり込んでくる。尤も神奈川の関門《かんもん》で大抵くいとめている筈なんですが、どこをどうくぐるのか、やっぱり時々にまぐれ込んでくる。ほん者ばかりでなく偽者もまじってくる。こいつらが一番厄介物ですよ。このあいだ中も攘夷の軍用金を出せなんて云って、押借りしてあるく奴がありましてね」
「そいつらはどうした。みんな引き挙げたか」と、半七は訊《き》いた。
「それがいけねえ」と、三五郎は頭《かぶり》をふった。「みんな同じ奴らしいんですがね」
かれの話によると、横浜でも去年の暮ごろから軍用金押借りの一と組が横行する。勿論、それがほん者か偽者かよくわからないが、いつでも二人づれで異人の生首《なまくび》を抱えてくる。それを形代《かたしろ》に軍用金を貸せと嚇して、小さい家では三十両か五十両、大きい家では百両二百両を巻き上げて行く。被害者のうちには後の祟りを恐れてそれを秘密にしている者もあるので、委《くわ》しいことは知れないが、少なくも十五六軒はその災難に逢っているらしい。こんな奴らはこの上になにを仕出来《しでか》すか知れないというので、戸部の奉行所でも厳重に探索をはじめた。三五郎も一生懸命に駈けまわっているが、どうしても彼等の足跡を見つけ出すことが出来ない。それにはどうも弱っていると彼も溜息まじりで云った。
半七と松吉は顔を見あわせた。
「それで、おめえはその生首というのをどう思う。そこらの異人で、そんなに首を取られた奴があるのか」と、半七は又|訊《き》いた。
「あればすぐに知れる筈ですが……」
「それじゃあ近い頃に病気で死んだ者があるか」
「それも無いそうです」と、三五郎は首をかしげていた。「それだからどうも判らねえ。わたしの鑑定じゃあ、きっとどこかの墓場あらしをして、日本の死人の首をなんとか巧くこしらえて来るんだろうと思うんですよ。嚇かされる方はふるえ上がっているから、それが異人か日本人か、碌な首実験が出来るもんですか。ねえ、そうじゃありませんか」
かれも半七の最初の鑑定とおなじ見込みを付けているのであった。しかし今の半七はそれに耳を貸すことは出来なかった。おなじ墓場あらしでも、或いは異国人の死に首を掘り出してくるのではないかという疑いはあったが、近ごろ病死した者がないとすれば、その疑いもすぐに煙りのように消
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