えなかった。横手の木戸は内から錠をおろしてあった。おていを攫った人間は表からはいって来た気配はない。どうしても横手の木戸口から庭づたいに忍び込んだらしく思われるのに、木戸は内から閉めてある。庭にも怪しい足跡の無いのを見ると、彼の鑑定は外《はず》れたらしい。半七は石燈籠のそばに突っ立って再び考えたが、やがて何心なく身をかがめて縁の下を覗いてみると、そこに奴すがたの少女が横たわっていた。
「おい、師匠、大和屋の旦那。ちょいと来てください」と、彼は庭から呼んだ。
 呼ばれて縁さきへ出て来た二人は、半七が指さす方をのぞいて、思わずあっ[#「あっ」に傍点]と声をあげた。これに驚かされて大勢もあわてて縁先へ出て来た。おていの冷たい亡骸《なきがら》は縁の下から引き出された。
 女や子供たちは一度に泣き出した。
 何者がむごたらしくおていを殺して縁の下へ投げ込んだのか。おていの細い喉首《のどくび》には白い手拭がまき付けてあって、何者にか絞め殺されたことは疑いもなかった。その手拭は今度のお浚いについて師匠の光奴が方々へくばったもので、白地に藤の花を大きく染め出した藍《あい》の匂いがまだ新らしかった。
 
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