おそらくこの混雑にまぎれて彼女を引っ攫《さら》って行った者があるに相違ないと鑑定した。神隠しばかりでなく、人攫いということも此の時代には多かった。半七は先ずこの人攫いに眼をつけたが、そうなると手がかりが余ほどむずかしい。初めからおていを狙っていたものならば格別、万一この混雑にまぎれて衣裳でも何でも手あたり次第に盗み出すつもりで、庭口からひそかに忍び込んだ人間が、偶然そこにいる美しい少女を見つけて、ふとした出来心で彼女を拐引《かどわか》して行ったものとすると、その探索は面倒である。しかし子供とはいいながら、おていはもう九つである以上、なんとか声でも立てそうなものである。声を立てれば其処らには大勢の人がいる。声も立てさせずに不意に引っ攫ってゆくというのは、余ほど仕事に馴れた者でなければ出来ない。半七は心あたりの兇状持ちをそれからそれへと数えてみた。
 彼はそれから念のために庭へ降りた。庭と云っても二十坪ばかりの細長い地面で、そこには桜や梅などが植えてあった。垣根の際《きわ》には一本の高い松がひょろひょろと立っていた。彼は飛石伝いに庭の隅々を調べてあるいたが、外からはいって来たらしい足跡は見
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