たと見えます」
「それから其の女はどうなりました」
「無論に死罪の筈ですが、上《かみ》でも幾分の憐れみがあったとみえて、吟味相済まずというので、二年も三年も牢内につながれていましたが、そのうちにとうとう牢死しました。大和屋も気の毒でしたが、おはまもまったく可哀そうでしたよ」

     二

「全くですね」と、わたしも溜息をついた。「こうなると、自転車や荷馬車ばかり取り締っても無駄ですね」
「そうですよ。なんと云っても、うわべに見えるものは避けられますが、もう一つ奥にはいっているものはどうにもしようがありますまい。今お話をしたほかに、まだこんなこともありましたよ」
 半七老人は更にこんな話をはじめた。

 慶応三年の出来事である。
 芝、田町《たまち》の大工の子が急病で死んだ。大工は町内の裏長屋に住む由五郎という男で、その伜の由松はかぞえ年の六つであった。由松は七月三日のゆうがたから俄かに顔色が変って苦しみ出したので、母のお花はおどろいて町内の医者をよんで来たが、医者にもその容体が確かには判らなかった。なにかの物あたりであろうというので、まず型《かた》のごとき手当てを施したが、由松は手
前へ 次へ
全25ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング