げ出されたということは、自分の首を引き抜かれたように紋作はくやしく感じた。彼はその以来、殆ど冠蔵と口をきかなくなった。冠蔵の方でも彼を相手にしなくなった。かれらは実際に於いても、赤堀水右衛門と石井兵助とになってしまった。
 江戸へ帰った後も、彼等はむかしの親しい友達にはなれなかった。同じ商売でおなじ楽屋の飯を食っていながらも、水右衛門と兵助とは所詮かたき同士たるを免かれなかった。

     二

「紋作さん。なんだかいやに時雨《しぐ》れて来ましたね」
 十七八の色白の娘が結い立ての島田を見てくれというように、若い人形使いのまえに突き出した。紋作はまだ独身者《ひとりもの》で、下谷の五条天神から遠くない横町の、小さい小間物屋の二階に住んでいるのであった。
 その小間物屋から四、五軒さきに、踊りや茶番の衣裳の損料貸しをする家があって、そこで操《あやつ》りの衣裳の仕立てや縫い直しなどを請《う》け負《お》っていた。小間物屋の娘お浜も手内職にそこの仕事を手伝いに行っているので、そんな係り合いから紋作とも自然に心安くなって、お浜の母も承知のうえで自分の二階を彼に貸すことになったのであった。お浜の家
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