に燈明の灯がまたたきもせずに小さくともっていた。紋七は数珠《じゅず》を手にかけて其の前に坐っていたが、半七を見てすぐに立って来た。
「親分さん。この間はいろいろお世話になりました。今夜は仏の逮夜でござりますに因って、まあ型ばかりの仏事を営んでやろうかと存じて居ります」
「後々のことまでよく気をつけてやりなさる。御奇特《ごきどく》のことだ、仏もさぞ喜んでいるだろう。さて其の仏のまえでお前さんに少し話したいことがある。ここの娘もつながる縁らしいから、おふくろと一緒にここへ呼んでもいいかね」
「はい。どうぞ」
 お直とお浜とは襷をはずして二階へあがって来た。半七は三人を自分のまえに列べてしずかに云い出した。
「もう済んでしまったことで、今更どうにもしようがねえようなもんだが、紋作がどうして死んだか、冠蔵が誰に殺されたか、その仔細がわからねえじゃあ、おめえ達もいつまでも心持がよくあるめえと思う。そこできょうはそれを話しに来たんだから、そのつもりで聴いてくれ。ねえ、紋七さん。あの紋作は誰が殺したと思いなさる」
「そりゃあ判りまへん、ちっとも知りまへん」
「おれも最初は見当が付かなかったが、この頃になってようよう判った。紋作は誰に殺されたのでもねえ。自分で死んだのだ」
「まあ」と、お浜とお直は顔を見あわせた。紋七も呆気《あっけ》にとられたように眼をみはった。
「しかし冠蔵を殺して、自分も死んだのだ」と、半七は説明した。「誰のかんがえも同じことで、仲の悪い紋作と冠蔵とが喧嘩の果てにあんなことになったんだろうとは推量したが、二人ともに刃物を持っていねえ。そこらにも刃物は落ちていねえ。そこで他人に疑いがかかって、おれも最初は衣裳屋の定吉に眼をつけたが、その見当は狂ってしまった。その晩、料理屋の門口《かどぐち》から紋作を訊《き》いた男、それが怪しいと思ったが、これもやっぱり外《はず》れてしまった。しかし手がかりはそれから付いた。その男は植木屋で、紋作の叔母さんの下屋敷へ親の代から出入りをしている。その因縁で、叔母さんから頼まれて時々紋作のところへ使に来ていたんだ。あの晩も叔母さんの使で、年の暮の小づかいを幾らかここへ届けに来ると、紋作は稽古に行った留守だという。その足で楽屋をたずねて行くと、紋作はここにももういないで、三人づれで池の端の料理屋へ行ったらしいという。それからまた引っ返して
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