役人も人足も総立ちになって出迎いをする。いや、今日からかんがえると、まるで嘘のようです。松茸の籠は琉球の畳表につつんで、その上を紺の染麻で厳重に縛《くく》り、それに封印がしてあります。その荷物のまわりには手代りの人足が大勢付き添って、一番先に『御松茸御用』という木の札を押し立てて、わっしょいわっしょいと駈けて来る。まるで御神輿《おみこし》でも通るようでした。はははははは。いや、今だからこうして笑っていられますが、その時分には笑いごとじゃありません。一つ間違えばどんなことになるか判らないのですから、どうして、どうして、みんな血まなこの一生懸命だったのです。とにかくそれで松茸献上の筋道だけはお判りになりましたろうから、その本文《ほんもん》は半七老人の方から聴いてください」
「では、いよいよ本文に取りかかりますかな」
 半七老人は入れ代って語り出した。

 文久三年の八月十五日は深川八幡の祭礼で、外神田の加賀屋からも嫁のお元《もと》と女中のお鉄、お霜の三人が深川の親類の家《うち》へよばれて、朝から見物に出て行ったが、その午《ひる》過ぎになって誰が云い出すともなしに、永代《えいたい》橋が墜《お
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