ろいろの無理を云って、わたくし共を窘《いじ》めるのでございます」
「なぜ窘める。こっちにも又、なにか彼奴に窘められるような弱身があるのかえ」
「はい」と、お鉄は両方の袂で顔を押さえながら、身をふるわせて泣き出した。
「なにか内証のことでも知っているのかえ」
 加賀屋の娘は熊谷の里にいた時に、何か内証の男でも拵《こしら》えていたので、その秘密を知っている隣り村の安吉が、それを枷《かせ》にかれらを苦しめているのであろうと半七は推量した。しかもそれに対するお鉄の返事は意外であった。
「はい、若いおかみさんの生まれ年を知っていますので……」
「生まれ年……」
「親分さんの前ですから申し上げますが、おかみさんは生まれた年を隠しているのでございます」
と、かれは思い切ったように云った。
 加賀屋の嫁のお元は弘化二年|巳《み》年の生まれと云っているが、実は弘化三年|午《うま》年の生まれであるとお鉄は初めてその秘密を明かした。単に午年ならば仔細はないが、弘化三年は丙午《ひのえうま》であった。この時代の習慣として、丙午の年に生まれた女は男を食い殺すという伝説が一般に信じられていたので、この年に生まれた女
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