っぱりおめえとおなじ土地の者かえ」
「はい、隣り村の安吉という百姓でございます」
「いつ頃から江戸へ出ているんだ」
「なんでもこの八月の中頃だと申して居りました。わたくしが逢いましたのは八月の十五日、若いおかみさんのお供をして八幡様のお祭りを見物にまいりました時でございます」
「それから彼奴《あいつ》はどこに何をしていたんだ」
「それはよく判りませんが、唯ぶらぶらしていたようでございます」と、お鉄は答えた。「なにしろ、土地にいた時も怠け者で、博奕《ばくち》なんぞばかりを打っていたような奴でございますから」
「その怠け者の安吉が今夜はなんの用で来たんだ」
お鉄も少し云い淀んでいるらしく、しばらくはうるんだ眼を伏せて肩をすくめていた。
「いや、これからが肝腎《かんじん》のところだ。お前もあいつを殺そうと思いつめた程ならば、それにはよくよくの訳がなけりゃあならねえ。おめえが殺そうと思ったあいつはもう死んでいる。おめえの念もとどいた以上、今さら未練らしく隠し立てをするにも及ぶめえ。あれはお前の情夫《おとこ》かえ」
「いいえ、決してそんなことは……」と、お鉄は急に興奮したように口唇《くちびる》
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