、つまらないことはするもんじゃあねえ」
半狂乱のうちでも、お鉄はさすがに半七の声を聞き分けたらしく、身をもがきながら息を喘《はず》ませた。
「親分さん。どうぞ放してください。あいつ、畜生、どうしても殺さなければ……」
「まあ、あぶねえ。殺すほどの悪い奴があるなら、俺がつかまえてやる」
その一句を聞くと、男はなんと思ったか俄かに引っ返して逃げ出した。もう猶予はならないので、半七は先ずお鉄の手から剃刀をもぎ取って、つづいて彼のあとを追って行った。男はやはり大通りへ出るのを避けて、うす暗い裏通りの横町を縫って池の端の方角へ逃げてゆくのを、半七も根《こん》よく追いつづけた。敵がだんだんに背後《うしろ》へ迫って来るので、逃げる男はいよいよ慌てたらしく、凍っている小石を滑《すべ》ってつまずくところへ、半七が追い付いてその帯の結び目をつかむと、帯は解けかかって、男は少しためらった。そこを付け入って更にかれの袖を引っ掴《つか》むと、男はもう絶体絶命になったらしく、着ている布子《ぬのこ》をするりと脱いで、素裸のままでまた駈け出した。半七はうしろからその布子を投げかけたが、ひと足の違いで彼は運よく摺り
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