れていると、押し詰った師走ももう十日あまりを過ぎて、いよいよ深川の歳《とし》の市《いち》というその前夜であった。半七は明神下の妹をたずねてゆくと、その町内の角でかの蕎麦屋の六助に出逢った。
「今晩は……。相変らずお寒いことでございます」
「ほんとうに寒いね。押し詰まるといよいよ寒さが身にしみるようだ」
云いかけて半七は不図このあいだの晩のことを思い出した。かれは六助をよび止めて訊いた。
「おい、じいさん。お前にすこし聞きてえことがある。お前はあの加賀屋の女中を前から識っているのかえ」
「へえ、あすこのお店の近所へも商《あきな》いにまいりますので……」
「そりゃあそうだろうが、唯それだけの馴染かえ。ほかにどうということもねえんだね」
相手が相手だけに六助も少し考えているらしかったが、耄碌頭巾《もうろくずきん》のあいだからしょぼしょぼ[#「しょぼしょぼ」に傍点]した眼を仔細らしく皺《しわ》めながら小声で訊き返した。
「親分さん。なにかお調べの御用でもあるんでございますか」
「御用番というほどのことでもねえが、あの晩、おれと一緒にいたお鉄というおんなに情夫《おとこ》でもあるのかえ」
「情
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