と、半七も万々察していたので、この上かならず不料簡を起さないようにと、くれぐれも念を押してお鉄に別れた。彼はそれでも見えがくれに五、六間ついて行って、お鉄が主人の家の水口《みずくち》へはいるのを見とどけて、それから三河町の家へ帰った。
本人の口からは確かに白状しないが、お鉄が身投げの覚悟であったらしいことは半七にも大抵想像された。どんな事情があるか知らないが、多寡《たか》が若い女のことで、どうでも死ななければならないというほどの深い訳があるのでもあるまい。こうして人間ひとりの命を助けたと思えば、半七は決して悪い心持はしなかった。それから二日ほど経つと、半七は加賀屋の近所でお鉄に出逢った。彼女はどこへか使にでも行くらしく、かなり大きい風呂敷包みを袖の下にかかえながら足早にあるいていた。向うでは気がつかないらしく、別に挨拶もしないで行き違ってしまったが、こうして無事に勤めているのを見て、半七もいよいよ安心した。
節季師走にいろいろの忙がしい用をかかえた半七は、いつまでも加賀屋の女中のことなどに屈託《くったく》してもいられなかった。彼はもうそんなことを忘れてしまって、ほかの御用に毎日追わ
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