あの男とここで落ち合って、一緒に心中でもする約束だったんじゃねえか」と、半七はかま[#「かま」に傍点]をかけるように訊いた。
「いいえ。そんなことは決してございません」と、お鉄は小声に力をこめて答えた。
二人はそれぎりで黙ってしまって、暗い柳原の堤《どて》をならんで行った。たとい心中は嘘にしても、かの頬かむりの男とこのお鉄とのあいだに、なにかの因縁があるらしく思われるので、半七はいろいろに考えながら歩いた。枯れ柳の暗いかげを揺りみだす夜風が霜を吹いて、半七は凍るように寒くなった。かれは柳の下に荷をおろしている夜鷹蕎麦《よたかそば》屋の燈火《あかり》をみて思わず足を停めた。
「おい、お鉄さん。どうだ、一杯つき合わねえか」
「わたくしはたくさんでございます」
「まあ、遠慮することはねえ。なにも附き合いというものだ。なにしろ、こう冷えちゃあ遣り切れねえ。まあいいから一杯|手繰《たぐ》って行きねえ」
辞退するお鉄を無理に誘って、半七は熱い蕎麦を二杯たのむと、蕎麦屋は六助といって、下谷から神田の方へも毎晩まわって来る男であった。
「おや、親分さんでございましたか。今晩はどちらへ……」
「おお
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