処置することも出来なかった。橋番に引き渡してゆくか、それとも本人の家へ送りとどけてやるか、まずその二つより途はないので、半七はいっそ町内まで一緒に連れて行ってやろうと思った。寝ぼけ眼《まなこ》をこすっているおやじには別に委《くわ》しい話もしないで、かれはお鉄をうながして橋番小屋を出た。師走の夜の寒さが身にしみるのか、なにか深い物思いに沈んでいるのか、お鉄は両袖をしっかりとかき合わせて、肩をすくめながらおとなしく付いて来た。
 小屋を出ながら不図《ふと》みかえると、頬かむりをした一人の男が往来にのっそり[#「のっそり」に傍点]と突っ立って、こっちをじっと覗《のぞ》いているらしいのが半七の眼についた。かれは立ちどまってその風体を見定めようとする間《ひま》に、相手は急に身をひるがえして、逃げるように橋を渡って行った。おかしな奴だと半七はしばらく見送っていた。
「おめえ、今の男を識っているのか」と、彼はあるき出しながらお鉄に訊《き》いた。
「いいえ」
 その声の少し震えているのを、半七は聞き逃がさなかった。
「おめえ、寒いのかえ」
「いいえ。別に……」
「だって、なんだか震えているじゃねえか。
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