お鉄はお元の里方《さとかた》の小作人のむすめで、幼いときから地主の家に奉公して、お元とは取りわけて仲よくしている関係から、かれが江戸へ縁付くに就いても一緒に附き添ってきたのであった。年のわりには大柄で、容貌《きりょう》も醜《みにく》くない。もちろん当人もせいぜい注意しているのであろうが、その風俗にも詞《ことば》づかいにも余り田舎《いなか》者らしいところは見えなかった。
お鉄はしとやかに障子をしめて縁側に出ると、小さい庭の四つ目垣の裾には、ふた株ばかりの葉鶏頭が明るい日の下にうす紅くそよいでいた。故郷の秋を思い出したのか、それともほかに物思いの種があるのか、かれは其の秋らしい葉の色をじっと眺めながら、やがて低い溜息を洩らした。
二
「おい、姐《ねえ》さん。お前、そこで何をしているんだ」
両国橋の上には今夜の霜がもう置いたらしく、長い橋板も欄干も暗いなかに薄白く光っていた。その霜の光りと水あかりとに透かして視ながら、ひとりの男が若い女に声をかけた。男は神田の半七で、本所のある無尽講へよんどころなしに顔を出して帰る途中であった。
「ねえ、姐さん。今時分そんなところにうろ付い
前へ
次へ
全39ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング