付けた。
 俳諧師の庵《いおり》というだけに、家の作りはなかなか風雅に出来ていたが、其月の宅は広くなかった。門のなかには二十坪ほどの庭があって、その半分は水苔《みずこけ》の青い池になっていた。玄関のない家で、女中部屋の三畳、そのほかには主人が机をひかえている四畳半と、茶の間の六畳と、畳の数はそれだけに過ぎなかった。近所ではこの椿事《ちんじ》をちっとも知らなかったのであるが、かの道具屋の惣八が早朝にたずねて来て、枝折戸《しおりど》のようになっている門を推《お》すと、門はいつものように明いたので、なんの気もつかずにはいって行くと、松の木の根もとに女の帯の端《はし》がみえた。不思議に思って覗《のぞ》いてみると、その帯は紅い尾をひいたように池の薄氷のなかに沈んでいるのであった。試みにその帯の端をつかんで引くと、それは人間のからだに巻きついているらしい手応《てごた》えがしたので、惣八はびっくりした。
 まえにも云う通り、玄関のない家で、すぐに四畳半の座敷へ通うようになっているので、惣八はあわててその雨戸を叩こうとすると、それまでもなく、雨戸は末の一枚が半分ほど明けてあったので、彼はそのあいだから
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