たのだろう位に思って、四、五日はそのままに置いたのが手ぬかりでした。お葉が左の小指の疵はその時に切ったものとみえます。そこで、四、五日経ってから其蝶がお玉ヶ池へ出かけて行くと、それが丁度かの一件の晩で、まだ宵の五ツ(午後八時)頃だったそうです。いつものように門をあけてはいると、四畳半は一面の血だらけで、師匠は机のまえに倒れているので、あっ[#「あっ」に傍点]と思って立ちすくんでしまうと、三畳の女部屋で其蝶さん其蝶さんと呼ぶ声がする。それがお葉だとは知りながら、其蝶はたましいが抜けたように唯ぼんやりしていると、やがて女部屋から、お葉が出て来た。旦那様はわたしが殺してしまったと平気で云うので、其蝶はいよいよおどろきました。まったくお葉は主人を殺すつもりで、其月が俳諧の点をしている油断を見すまして、うしろから不意に剃刀《かみそり》で斬り付けたんだそうです。まだ驚くことは、そうして主人を殺して置いて、血のついた手を台所で綺麗に洗って、爪まで取って、着物も別のものに着かえて、血のはねている着物は丁寧にたたんで葛籠《つづら》の底にしまい込んで、それから髪をかきあげて外へ出る支度をしているところであ
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