た。「まったく我々の不注意と云われても一言もないわけです。しかし其月の折檻は普通の継子《ままこ》いじめなどのように、打ったり蹴ったり抓《つね》ったりするのではありません。ちょっとお話にも出来ないような、むごたらしい猥褻《わいせつ》な刑罰を加えて苦しめるのですから、死骸のからだを一応あらためたくらいでは判りません。そこはお察しを願います。そこで、其蝶がいつも仲裁役をつとめているうちに、根が浮気者のお葉ですから、そんな折檻にも懲《こ》りないで、其蝶に色目を使うようになって来たんです。其月がむごい折檻をすればするほど、女は意地になってますます気を揉むように仕向ける。こんにちの詞《ことば》でいえば、両方が残酷な興味を持って来たとでも云うのでしょうか。ところが其蝶という男は、まあ一種の偏人といったような人物で、むやみに俳諧と風流に凝り固まっているもんですから、お葉がどんな謎をかけても一向に取合わない。女もしまいに焦《じ》れて来て、鉄釘《かなくぎ》流の附文《つけぶみ》などをするようになる。こうなると、いくら偏人でも打っちゃって置くわけにも行かない。といって正直に師匠に訴えると、又どんな騒ぎを仕出来
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