てある新らしい紙を解くと、疵口にあててある白い綿にはなまなましい血がにじんでいた。半七はその手首をつかんだままで、黙ってかれの顔を睨んだ。其蝶も無言で眼を伏せていた。
「もういけねえぜ」
と、半七はあざ笑った。
「番屋まで来て貰おう」
其蝶はもう覚悟をきめたらしく、すなおに牽《ひ》かれて表へ出た。
四
「これで一廉《いっかど》の手柄をした積りでいたところが、ちっと見当《けんとう》が狂いましたよ」と、半七老人は額をなでながら笑い出した。「まあ、だんだんに話しましょう」
息つぎに茶をのんでいるのが、わたしにはもどかしかった。わたしは追いかけるように訊《き》いた。
「すると、その其蝶が殺したのじゃあないんですか」
「違いました」
「じゃあ元吉という男でしたか」
「やっぱり違いました」と、老人はまた笑っていた。
なんだか焦《じ》らされているようで、わたしは苛々《いらいら》して来た。それと反対に老人はいよいよ落ちついていた。こういう話はひとを焦らしているところが値打ちだといったような顔をしているのが、きょうは少し憎らしいようにも思われて来た。老人は茶碗を下において、しずかに
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