にか立ち働いていた。四畳半には主人と女中との死骸がならべてあって、お葉の家からはまだ誰も引き取りに来ないとのことであった。雨戸はみな閉め切ってあるので、線香の煙りは家《うち》じゅうにうずまいて流れていた。
とても割り込んで坐るような席はないので、半七は台所へ廻って、流し元のあがり框《がまち》に腰をかけていると、ひとりの女房が手あぶりの火鉢を持って来てくれた。
「どうもお寒うございます。なにしろ、この通りのせまい家《うち》ですから」と、女房は気の毒そうに云った。
「もうおかまいなさるな。時にここのお弟子さんの其蝶[#「其蝶」は底本では「基蝶」]さんは見えていませんかえ」
「来ています。呼びましょうか」
「呼ばなくってもいい。どこにいるか教えて下さい」
「あれ、あすこに……」
教えられた方を伸び上がって覗くと、狭い家だけに其の人はつい鼻のさきに見えた。彼は二つの死骸に最も近いところに行儀よく坐って、だまって俯向いていた。膝と膝とが摺れ合うように坐っている人達のあいだに、行燈や燭台が幾つも置いてあるので、其蝶の蒼ざめた横顔は明らかに照らされていた。其月の死骸のそばには文台《ぶんだい》が据
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