聴いた。そいつから惣八にたのんで、惣八から宗匠にたのんで、どこへか金魚を売り込んだことがあるそうだ」
冬の金魚の一件を聞かされて、松吉は幾たびかうなずいた。
「わかりやした。するとその元吉が宗匠を殺《や》ったんでしょう」
「おめえはそう思うか」
「だって親分」と、松吉は声をひそめた。「そいつの売り込んだ金魚は勿論いか[#「いか」に傍点]物に相違ありません。それで一杯食わせようとしたところが、やり損じて化けの皮があらわれて、宗匠からはむずかしく談じ付けられる。所詮《しょせん》は売った金を返さなければならねえ羽目《はめ》になったが、もう其の金は使ってしまって一文もねえ。苦しまぎれに悪気をおこして……。ねえ、そこらでしょう。ところで、お葉という女は、その元吉と前々から出来合っているので、男の手引きをして主人を殺させたのでしょう」
「むむ」と、半七はかんがえていた。「そうすると、そのお葉はどうして死んだ。元吉が殺したのか」
「まあ、そうでしょうね。手引きをさせて宗匠を殺したものの、この女を生かして置くと露顕の基だと思って、なにか油断させて置いて、不意に池のなかへ突き落したのでしょう。違いますかえ」
「なるほどうまく筋道は立つな。じゃあ、おめえはその積りで元吉の方をしらべてくれ」
「すぐに引き挙げてようがすかえ」
「馬鹿をいえ」と、半七は笑った。「ひとりで将棋をさすように、自分でばかり決めてかかってもいけねえ。確かな証拠も無しにむやみにそんなことをすると、旦那方に叱られるぞ。まあおちついて仕事をしろ。庄太はどうした。あいつにも片棒かつがせろ」
「あい。ようがす」
十《とお》に九つはこっちの物だという顔をして、松吉は威勢よく出て行った。もう一度、宗匠の家へ行ってその後の模様を見とどけて来ようと思って、半七もつづいて表へ出ると、風のない夜ではあるが凍り付くような寒さが身にしみた。それも師走の宵だけに、往来の提灯のかげが忙がしそうに行き違っているなかを、半七は考えながらしずかに歩いて行った。
「やっぱりひょろ[#「ひょろ」に傍点]松の鑑定があたっているかな」
其月の家には大勢の人があつまっていた。半七が出たあとでだんだんにその門人や知人などが寄って来たらしく、茶の間の六畳と女中部屋の三畳とに押し合って坐っていた。どれもみな男の顔であった。近所の人らしい女二、三人が狭い台所でな
前へ
次へ
全20ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング