、買おうのと、つまらねえ道楽をするから、いろいろの騒動が出来《しゅったい》するんだ」と、半七はにが笑いした。「そこで、どうだ。ちっとは当りが付いたか」
「まあ、こんなことですがね」
松吉が首を伸ばしてささやくのを聞くと、其月の家《うち》の女中のお葉は千住の荒物屋の娘で、家にはおまんという母と、今年十三になる源吉という弟がある。お葉は一昨年の春から初奉公《ういぼうこう》で近所の水戸屋という煙草屋の女中に住み込んだ。水戸屋は古い店で、商売のほかに田地などを持っているので、土地でも相当に幅をきかせていたが、主人は四、五年前に死んで、今はおむつという女あるじである。お葉はそこに小一年ほど奉公していたが、その年の暮に暇を取って、あくる年の三月からお玉ヶ池の其月の家へ二度目の奉公をすることになった。お葉が水戸屋を立ち去ったのは、自分の方から暇を取ったのではない。主人の甥とあまり睦まじくすることが主人の眼にとまって、出代りどきを待たずに暇を出されたらしいと云う者もある。お玉ヶ池へ行ってからは、去年の盆の宿さがりに千住の家へ一度帰って来ただけで、今年になっては正月にも盆にも顔をみせない。主人の家が無人で、めったに出られないというのであった。
松吉がゆき着く前に、お玉ヶ池の近所の人から知らせて来たので、お葉の家ではもう娘の変死を知っていたが、あいにく母のおまんは風邪《かぜ》をひいて四、五日前から寝込んでいる。弟の源吉はまだ子供でどうすることも出来ないので、日が暮れてから近所の人たちが死骸を引き取りにくる筈になっている。松吉は病人の枕もとへ行っていろいろ詮議したが、まえにも云った通りでお葉はこの頃めったに帰って来ない。母は二度ばかりもお玉ヶ池へたずねて行ったが、主人の其月はいつも留守であったので、一体どんな人であるか、その顔さえも見|識《し》らない。そういうわけであるから、主人の家の事情などはなんにも知らない。勿論、主人と娘とのあいだにどんな関係があるか、ちっとも知ろう筈はないとおまんは云った。かれは正直な田舎風の女で、嘘をつきそうにも見えないので、松吉は先ずそのくらいにして引き揚げて来た。
「その煙草屋の甥というのは、本所の金魚屋の親類で、元吉という奴じゃあねえか」と、半七は訊《き》いた。
「そうです。そうです。元吉というんです。親分はもう聞き込みましたかえ」
「道具屋の惣八から
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