。かれはお直の不注意を激しく責め立てた。それが雷師匠に輪をかけたかとも思われるほど凄まじい権幕《けんまく》であるので、お豊は又びっくりした。しかしそれにはわけのある事で、お紋がこの頃すこしく取りのぼせているらしいことをお豊も内々知らないではなかった。若い同士の秘密を知らない甲州屋では、今度ある媒妁口《なこうどぐち》に乗せられて、倉田屋の話は忘れたように、よそから藤太郎の嫁をもらうことになった。気の弱い息子は正面からそれに反対する勇気もなくて、ただ内々で苦しんでいるうちに、その縁談はすべるように進行し、近々|結納《ゆいのう》を取りかわすまでに運ばれて来たので、それを知ったお紋は決して承知しなかった。かれは男の不実をはげしく責めて、一体わたしというものをどうしてくれるのだとせまったが、男の挨拶がとかくに煮え切らないので、お紋は焦《じ》れて怨んで、この頃ではなんだか半病人のようになっていた。
 倉田屋の親たちも無論に怒っていた。しかし自分の娘と藤太郎との関係がそんな峠まで登りつめているとはさすがに気がつかないで、いたずらに蔭口《かげぐち》を云うくらいですごしていたが、若い娘の胸の火はこの頃の
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