。ふだんから無口の女であるということであったが、殊にこの場合、かれは極めて神妙にして、いかなる問いに対しても努めてことば寡《すく》なに答えていた。
「六月二十三日の晩、尾張屋の娘が雷火にうたれた時、おまえが一番さきに見つけたのだな」
「はい」
「その時に、雷獣のかけ廻るのを確かに見たか」
「はい」
「女の癖に、どうして一番さきに駈け付けた」
「土蔵のまえが急にぱっと明るくなりまして、かみなり様がお下《お》りになったようでしたから、なにか間違いでもないかと存じまして……」
「で、行ってみたらどうした」
「お朝さんと重吉さんが倒れていました」
「倒れているところに、なんにも落ちていなかったか」
「気がつきませんでした」
「鼠捕り粉がこぼれていなかったか」と、半七は訊いた。
「いいえ、存じません」
「おかん」と、半七は詞《ことば》をすこしやわらげた。「おまえは重吉をどう思っている」
 おかんは黙っていた。
「重吉が可愛くなかったか」と、半七はほほえんだ。「おまえは給金を幾らほど溜めている」
 おかんはやはり黙っていたが、半七に催促されて、小声で答えた。
「五両ばかり溜めて居ります」
「五両じ
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