かんは蒼ざめた顔をあげた。
「知れたことさ。重吉という男ひとりを殺して置いて、無事に帰される筈がねえじゃねえか」
おかんは泣き伏してしまった。
雷獣事件はこれで解決した。
万事が半七の鑑定通りであった。重吉はおかんと夫婦約束をしていながら、さらに尾張屋のお朝とも親しくなった。それを知って、おかんは火のように怒って、恋のかたきのお朝を殺してしまうとまで狂い立つのを、重吉はひそかに宥《なだ》めているうちに、お朝はいつか妊娠したらしいので、重吉はいよいよ困った。その秘密をまた知って、おかんは嫉妬の焔《ほむら》をいよいよ燃《も》した。世間しらずのお朝は、いたずらの罰が忽ち下されたのに驚いて、自分のからだの始末を泣いて重吉に相談した。おかんもかげへまわって男の薄情をはげしく責め立てた。
お朝には泣かれ、おかんには責められ、板挟みになってさんざん苦しんだ重吉は、途方にくれた自棄《やけ》半分の無分別から、お朝を説きつけて、一緒に死ぬことになった。お朝は素直に男のいうことを肯《き》いて、近所の薬屋から鼠捕り粉を買って来た。それは六月二十三日の朝であった。今夜、いよいよ死ぬという約束で、影のう
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