んの蛇が一つにあつまって、盛りあがるようにとぐろをまいているんですから、よほど変っています。そこで、通りがかりの人が始めは一人立ち、ふたり立ち、又それを聞きつたえて近所の屋敷や町屋からもだんだん見物人が出て来たので、その蛇のまわりには忽ち二三十人も集まったんですが、ただそれを取りまいて見物しているばかり、どうする者もありませんでした。
『そのとぐろのなかには玉がある』
こんなことを云う者もありました。たくさんの蛇がうず高く盛りあがって大きい輪をつくっているのは蛇こしき[#「こしき」に傍点]とかいって、そのなかには、珍らしい玉がかくれていると、昔の人たちは云ったものです。で、今もそのとぐろを巻いているなかには、おそらく宝玉があるだろうという噂が立ったものですが、誰も思い切ってその蛇に手をつける者がない。たくさんの蛇はちっとも動かないで、眠ったように絡《から》み合っているばかりですが、誰がみても気味のいいものじゃありません。武家屋敷の中間《ちゅうげん》などのうちには、生きた蛇を食うというような乱暴者もあるんですが、なにしろ斯《こ》うたくさんの蛇がうず高く盛りあがっていては、さすがに気味を悪がって唯ながめているばかり。そのうちに夏の日も暮れかかって、天竜寺の暮れ六ツがきこえる頃、そこへ一人の若い娘が来ました。
娘は十四五で、武家育ちであるらしいことは其の風俗ですぐに判ったんですが、大勢の人をかきわけて、その蛇のそばへ寄ったかと思うと、みんなの口から思わずあっ[#「あっ」に傍点]という声が出た。それは無理もありません。その若い娘は単衣《ひとえ》の右の袖をまくりあげて、真っ白な細い手を蛇のとぐろのまん中へぐっと突っ込んだとお思いなさい。まだ十四五の小娘ですから、手の先どころじゃない、二の腕のあたりまでするすると這入って……。気の弱いものは見ただけでも慄然《ぞっ》として、眼を塞いでしまいたい位ですが、娘は平気でその白い腕を蛇のとぐろのなかへ入れてしばらく探りまわしているようでしたが、やがて何か掴《つか》み出したので、息を殺して見ていた人たちは又わやわやと騒ぎ出して、娘の手に持っているものを寄りあつまって覗いてみると、それはひと束《たば》の真っ黒な切髪で、たしかに若い女の髪の毛に相違ないので、大勢は又あっ[#「あっ」に傍点]と云う。それを耳にもかけないような風で、娘はその切髪
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