の顔に肖《に》てくるので、彼は自分ながら怪しく思った。幾度かき直しても絵絹の上にはマリアの顔が、ありありと浮き出して来るので、彼は自分もいつの間にか切支丹の魔法に囚《とら》われてしまったのではないかと疑った。そうして、千之丞からいくら催促をうけても当分は絵筆を持たないことに決めて、かれは雪の晴れ間を待って城下を毎日出あるいた。伝兵衛のあつめてくれた材料が彼に非常の便利をあたえたので、探索は思いのほかに容易《たやす》くはかどって、小さいお家騒動の秘密は伝兵衛の報告と違いないことが確かめられた。澹山は一々それを薄い雁皮紙《がんぴし》に細かく書きとめて、着物の襟や帯の芯《しん》のなかに封じ込んだ。
秘密の絵像を描いているあいだは、父からも厳しく云い渡されていたのであろう。おげんも余りうるさく寄り付いて来なかったが、それがいよいよ出来あがると、彼女は先夜の約束通りにあなたのお弟子にしてくれと強請《せが》んで来た。澹山はよんどころなしに二つ三つの手本をかいてやると、彼女は熱心に稽古をつづけて、あまり器用らしくもない彼女が案外めきめきと上達するのに、師匠も少しく驚かされた。しかしその熱心の裏には
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