激しく抵抗した。子分ふたりは薄手を負って、あやうく彼を取り逃がそうとしたが、とうとう半七と幸次郎に追いつめられて、泥田のなかで組み伏せられた。
彼等はすべて海賊の一類であった。
おとわの旦那は喜兵衛というもので、表向きは木場の材木問屋の番頭と称しているが、実は深川の八幡前に巣を組んでいる海賊であった。ほかにも六蔵、重吉、紋次、鉄蔵という同類があって、うわべは堅気の町人のように見せかけながら、手下の船頭どもを使って品川や佃《つくだ》の沖のかかり船をあらしていた。時には上総《かずさ》房州の沖まで乗り出して、渡海の船を襲うこともあった。おとわは木更津の茶屋女のあがりで、喜兵衛の商売を知っていながら其の囲い者になっていたのである。
疑問の怪しい男は、外房州の海上から拾いあげて来たのであると喜兵衛は申し立てた。去年の十月、かれらが房州の沖まで稼ぎに出て、相当の仕事をして引き揚げて来る途中、人のようなものが浪をかいて彼等の船を追ってくるのを見た。人か、海驢《あしか》か、海豚《いるか》かと、月の光りで海のうえを透かしてみると、どうもそれは人の形であるらしい。伝え聞く人魚ではあるまいかと、かれら
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