あ、まったく家の者泣かせよ。あの人はなんだえ。うちの親類かえ」
「知りません」
「名はなんというんだえ」
「知りません」
「時々に来るのかえ、始終来ているのかえ」
「知りません」
「嘘をつけ」と、半七は少しく声を暴《あら》くしてお千代の腕をつかんだ。「あすこの家に奉公していながら、それを知らねえという理窟があるか。まったく来ねえものなら、初めからそんな人は来ませんとなぜ云わねえ。家の親類かと訊《き》けば、知らねえという。名はなんというと訊けば、知らねえという。それが確かに来ている証拠だ。さあ、隠さずに云え。おまえはいくつだ」
「十八です」と、お千代は小声で答えた。
「よし、少しおしらべの筋がある。おれと一緒に番屋へ来い」
お千代は真っ蒼になって泣き出した。
「番屋へ連れて行くのも可哀そうだ。魚虎まで来い」
半七はかれを引っ立てて再び魚虎の店へ引っ返すと、魚屋《さかなや》の亭主や女房も半七が唯の人でないことを覚《さと》ったらしく、奥へ案内して丁寧に茶などを出した。夫婦は泣いているお千代をなだめて、もうこの上はなんでも正直に申し上げるのがお前の為であると説得したので、年のわかい彼女はと
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