っていた。
ただそれだけであれば、別に仔細もないが、その時かの女客と話していたらしい男が奇怪な人間の姿であったように清次の眼に映ったのである。混雑の場合でもあり、又そんなことを詮議すべきでもないので、清次はなんにも云わずに漕いで帰った。
そこでは何も云わなかったが、かの奇怪な男の噂が出るたびに、清次はそれを人にしゃべった。自分の船の女の客がどうも彼《か》の奇怪な男と知り合いででもあったらしいと吹聴した。その日の客のうちで男ふたりは二度ばかり山石に船をたのみに来たことがあったが、馴染が浅いのでどこの人だか知れなかった。ほかの三人と女ひとりは初めての客であった。したがって彼等のすべてが何者であるか一向判らなかったが、なんでも下町《したまち》の町人らしい風俗で、船頭の祝儀も相当にくれた。
それが半七の耳にはいった。かれはすぐ築地河岸へ出向いて、まず船頭の清次をしらべたが、清次は前にも云ったほかには何も知らないと云った。船宿では猶更《なおさら》知らなかった。
「もしその客のどれかが又来たら、きっとおれの所へ知らせてくれ。悪くすると飛んだ引き合いを食うぞ」
半七は念を押して帰った。それは
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