た。ましてお駒は男でない、賤《いや》しい勤め奉公の女として、当座の機転で罪人を撃ち悩まし、上《かみ》に御奉公を相勤めたること近ごろ奇特《きどく》の至りというので、かれは抱え主附き添いで町奉行所へ呼び出されて、銭二貫文の御褒美を下された。
 遊女が上から御褒美を貰うなどという例は極めて少ない。殊にそれがいかにも芝居のような出来事であっただけに、世間の評判は猶さら大きくなった。一度は話の種にお駒という女の顔を見て置こうという若い人達も大勢あらわれて、お駒を買いに来る者と、ほかの女を買ってお駒の顔だけを見ようという者と、それやこれやで伊勢屋は俄かに繁昌するようになった。それはお駒が二十歳《はたち》の冬で、それから足かけ三年の間、かれは伊勢屋の福の神としていつも板頭《いたがしら》か二枚目を張り通していた。そのお駒が突然に冥途へ鞍替えをしたのであるから、伊勢屋の店は引っくり返るような騒ぎになった。土地の素見《ひやかし》の大哥《あにい》たちも眼を皿にした。
 お駒は寝床のなかで絞め殺されていたのであった。それは中引《なかび》け過ぎの九ツ半(午前一時)頃で、その晩のお駒の客は三人あったが、本部屋へは
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