くれる者がございませんから」
 夫のかたきを討つ……この時代に於いては大いに憐愍《れんびん》の御沙汰を受くべき性質のものであった。事情によっては或いは無罪になるかも知れなかった。しかしかれは罪人の妻で、人を恨むのは逆恨《さかうら》みである。殊に上《かみ》に対して御奉公を相勤めた伊勢屋のお駒を殺したのである。お駒ばかりでなく、吉助までも手にかけている。その罪重々であるというので、お定は引廻しの上で獄門に晒《さら》された。

「これまでにも密訴したものに仕返しをするということは時々ありましたが、それは悪党の仲間同士に限ることで、召捕りの助勢をした素人に対して仕返しをするなどというのは珍らしいことですよ」と、半七老人は云った。「殊にそれが女だから驚きます。今までの話で大抵お判りでしたろうが、わたくしは最初からお定に眼をつけていたんです。石垣の下で拾ったお駒の草履は、その鼻緒の曲がった足癖と、底の減りぐあいとで、右の足に穿き慣れたものだということがすぐに判りました。お駒が松蔵に投げたのは左の草履で、その肝腎の左の方が見えなくなって、右のだけが捨ててあるのはちっとおかしい。潮に引き残されたなら論
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