盗み出したか。この理窟が考え出せない以上は、謎はやはりほんとうに解けないのであった。
 午過ぎになって、多吉がきまりの悪そうな顔を見せた。かれの探索は半七の註文通りになかなか運ばないのであるが、その一部だけはどうにかこうにか洗い上げて来て、親分の前へ報告した。
「いや、御苦労。それで大抵あたりは付いたが、もうひと息のところだ。踏ん張ってやってくれ」と、半七は更になにかの注意を彼にあたえて帰した。
 日が暮れるころに半七は伊勢屋へゆくと、お定は入口に立っていた。
「今晩は」と、かれは半七を見るとすぐに挨拶した。
「とうとう降り出したね」と、半七は傘のしずくを払いながら云った。「お浪がまた駈け出したというじゃあねえか」
「ほんとうにいろいろのことが続くので、なんだか忌《いや》な心持でなりません。家《うち》の人たちはお浪さんが殺したのだなんて云っていますけれど……」
「そりゃあ間違いだ。そんなことがあるもんじゃねえ」と、半七は笑いながら打ち消した。
「そうでしょうか」と、お定はまだ不安らしい顔をして、相手の眼色をうかがっていた。
「そうじゃあねえ。お浪がなんで人殺しなんかするもんか」
「そう
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