−86−29]子窓から海へ投げ込んだに相違ないとは、誰でも容易に想像されることであるが、半七が発見したのはその片足で、ほかの片足のゆくえは判らなかった。
「たびたび気の毒だが、もう少し手伝ってくれ」
 与七を下へ連れ出して、半七は彼にも手伝わせて石垣の下を根《こん》よく探しまわったが、草履の片足はどうしても見付からなかった。おおかた引き潮に持って行かれたのであろうと、与七は云った。そうかも知れないと半七も思った。片足は大きい石のかげに支《つか》えていたために引き残された。そんなことがないとも云えないと思いながら、半七の胸にはまだ解け切らない一つの謎が残っていた。しかし、もうこの上には詮議のしようもないので、かれは鼻緒のゆるみかかった草履の片足を与七に渡して帰った。
「これも何かの役に立つかも知れねえ。しっかりとあずかって置いてくれ」

     三

「草履の片足はとんだ鏡山《かがみやま》のお茶番だが、張子の虎が少しわからねえ」
 半七は帰る途中で考えていたが、それから番屋へ行って聞きあわせると、下総屋の番頭吉助はなにを調べられても一向に知らぬ存ぜぬの一点張りで押し通しているのと、かれ
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