いてもいろいろお話がありますが、きょうはお花見が題じゃあないんですから、手っ取り早く本文に取りかかることにしましょう。しかしまんざらお花見に縁のないわけではない。その御殿山の花盛りという文久二年の三月、品川の伊勢屋……と云っても例の化《ばけ》伊勢ではありません。お化けが出るとかいうのが売り物で、むかしは妙な売り物があったもんですが、それが評判で化伊勢と云って繁昌した店がありました。そのお化けの伊勢屋とは違います。……そこの店で二枚目を張っているお駒という女が変死した。それがこのお話の発端《ほったん》です」

 お駒はことし二十二の勤め盛りで、眼鼻立ちは先ず普通であったが、ほっそりとした痩形の、いかにも姿のいい女で、この伊勢屋では売れっ妓《こ》のひとりに数えられていた。かれが売れっ妓となったのは姿がいいばかりでなく、品川の河童天王《かっぱてんのう》のお祭りに自分の名を染めぬいた手拭を配ったばかりでなく、ほかにもっと大きい原因があって、宿場女郎とはいいながら、品川のお駒の名は江戸じゅうに聞えていたのであった。
 彼女がそれほど高名になったのは、あたかも一場の芝居のような事件が原因をなしてい
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