んから、どこへかしっかり預かって置いてください」
「大切におあずかり申して置きます」
 それから与七に案内させて、半七は二階中をひと廻り見てあるいた。表二階から裏二階へまわって、お駒の部屋も無論にあらためた。部屋は三畳と六畳との二間《ふたま》つづきで、六畳の突き当りは型のごとく※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子窓《れんじまど》になっていた。去年の暮あたりに手入れしたらしい※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子はそのままになっていて、外から忍び込んだ者があるらしくも見えなかった。それでも念のために窓から表をのぞくと、伊勢屋の店は海側で、裏二階の下はすぐに石垣になっていた。品川の春の海はちょうど引き潮で、石垣の下には潮に引き残された瀬戸物の毀《こわ》れや、粗朶《そだ》の折れのようなものが乱雑にかさなり合って、うららかな日の下にきらきらと光っていた。
 遠目《とおめ》の利く半七は※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子に縋《すが》ってしばらく見おろしているうちに、なにを見付けたか急に与七を見かえって訊いた。
「お駒の草履は何足《なんぞく》あるね」
「二足ある筈です」
「それはみんな揃っているかえ」
「揃っている筈です」
「そうか。いろいろ気の毒だが、今度は裏口へ案内してくれ」
 裏梯子を降りて裏口へまわって、半七は石垣の上に立った。かれは足の下をもう一度みおろして、それから石段を降りて行った。なにをするのかと与七は上からのぞいてみると、半七はうず高い塵芥《ごみ》のあいだを踏み分けて、大きいごろた石のかげから重ね草履の片足を拾い出した。かれは湿《しめ》った鼻緒をつまみながら与七にみせた。
「おい、よく見てくれ。こりゃあお駒のじゃあねえか」
「さあ」と、与七は覗きながら考えていた。
「親分さん」
 上から呼ぶ声がするので見あげると、お定も二階の※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子《れんじ》から覗いていた。
「お前もこの草履を知っているか」と、半七は下から声をかけた。
「待ってください。今そこへ行きますから」
 お定は※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子のあいだから姿を消したかと思うと、やがて、裏口へ廻って来て、その草履をひと目見るとすぐに又泣き出した。
「これはお駒さんのです。あの人がわたくしに一度見せたことがあります。それはお駒さんが大切にしまって置いた草履です」
「むむ、あれか」と、与七[#「与七」は底本では「半七」]もうなずいた。「なるほど、そうです。きっと、あのときの草履でしょう」
 それは室積藤四郎が石原の松蔵を召し捕ったときに、お駒が二階から投げつけた草履であると、二人は代るがわる説明した。奉行所から御褒美を賜わって稀代の面目を施したお駒は、一生の宝としてその草履を大切に保存して置いた。お定の話によると、お駒はそれを水色|縮緬《ちりめん》の服紗《ふくさ》につつんで、自分の部屋の箪笥の抽斗《ひきだし》にしまって置いたのを、去年の暮の煤掃《すすはき》の時にうやうやしく持ち出して見せたことがある。それは随分穿き古したもので、女郎の重ね草履といえばどれもこれも一つ型であるが、鼻緒の摺《す》れ工合などに確かに見おぼえがあるとお定は云った。
「だが、まあ念のためにお駒の部屋を調べてくれ」
 半七は二人を連れて再び裏二階へあがって行った。お駒の部屋にはたった一つの箪笥がある。その四つ抽斗の二つ目の奥から水色縮緬の服紗だけは発見されたが、草履は果たして紛失していた。何者かがその草履をぬすみ出して、※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子窓から海へ投げ込んだに相違ないとは、誰でも容易に想像されることであるが、半七が発見したのはその片足で、ほかの片足のゆくえは判らなかった。
「たびたび気の毒だが、もう少し手伝ってくれ」
 与七を下へ連れ出して、半七は彼にも手伝わせて石垣の下を根《こん》よく探しまわったが、草履の片足はどうしても見付からなかった。おおかた引き潮に持って行かれたのであろうと、与七は云った。そうかも知れないと半七も思った。片足は大きい石のかげに支《つか》えていたために引き残された。そんなことがないとも云えないと思いながら、半七の胸にはまだ解け切らない一つの謎が残っていた。しかし、もうこの上には詮議のしようもないので、かれは鼻緒のゆるみかかった草履の片足を与七に渡して帰った。
「これも何かの役に立つかも知れねえ。しっかりとあずかって置いてくれ」

     三

「草履の片足はとんだ鏡山《かがみやま》のお茶番だが、張子の虎が少しわからねえ」
 半七は帰る途中で考えていたが、それから番屋へ行って聞きあわせると、下総屋の番頭吉助はなにを調べられても一向に知らぬ存ぜぬの一点張りで押し通しているのと、かれ
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