代の掟《おきて》であったが、それが跡方もない風説とのみ認められないので、先ずその本人のあま酒売りを詮議《せんぎ》することになった。しかし、彼女の立ち廻る場所がどの方面とも限られていないので、江戸じゅうの岡っ引一同に対してかれの素姓あらためを命ぜられ、次第によっては即座に召し捕って苦しからずということであった。
八丁堀同心伊丹文五郎は半七を呼んでささやいた。
「今度の一件を貴様はどう思うか知らねえが、悪くすると磔刑《はりつけ》のお仕置ものだぞ。その積りでしっかりやってくれ」
「クルスでございますかえ」
半七は人差指で十字の形を空《くう》に書いてみせると、文五郎はうなずいた。
「さすがに貴様は眼が高い。蛇の祟りなんぞはどうも真《ま》に受けられねえ。ひょっとすると切支丹《キリシタン》だ。奴らがなにか邪法を行なうのかも知れねえから、そこへ見当をつけて詮索《せんさく》してみろ」
こっちも内々それに目星をつけたので、半七はすぐに受け合って帰った。しかし、どこから先ず手を着けていいのか、彼もさすがに方角が立たないので、家へ帰ってからも眼をとじて考えていたが、やがて台所の方にむかって声をかけた。
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