いるなどと云い伝えられては、結局当屋敷の外聞にもかかわることであるから、見つけ次第に討ち果たせと重役から若侍一同に対して内密に云い渡されていたので、かれら二人は今夜その使命を果たしたのであった。しかし半七に対して、あからさまにその事情を説明するときは、自然に屋敷の名を出さなければならないのと、もう一つには時と場所が悪い。かれらは吉原へ遊びにゆく途中であった。武士|気質《かたぎ》の強いかれらの屋敷では、遊里に立ち入ることは厳禁されていた。かれらは半七に意地わるく窘《いじ》められて、屋敷の名や自分たちの身分を明かすよりも、むしろ死を択《えら》ぼうと覚悟したのであった。
「これで此の一件も落着《らくぢゃく》しました」と、半七老人はひと息ついた。「こう訳が判ってみると、誰が科人《とがにん》というのでもありません。その時代の習い、武士もこういう事情で斬ったという事であれば、やかましく云うわけにも行きません。わたくしもその事情を察して内分にすることにしましたが、八丁堀の旦那にだけはひと通り報告して置きました。徳三郎はこれぞという科《とが》もないんですが、なにしろこいつが女を引っ張り出して来たのが
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