う訳で、かれの居どころはたしかに突き留められなかった。こっちに尾けられたことを彼女はおそらく覚《さと》ったのであろう、そのあくる日から彼女はその痩せた姿を水戸屋の店先に見せなくなった。それは三月初めのことで、その後はどこの問屋を立ちまわっているか、誰も知っている者はないとのことであった。
「ところで、親分。ついでに妙なことを聞き出して来たんですがね」と、善八は云った。「やっぱりその婆に係り合いのあることなんですが、なんでも五、六日まえの午過ぎだそうです。浅草の馬道《うまみち》に河内屋という質屋があります。そこの女中のお熊というのが近所へ使いに出ると、やがて真っ蒼になって内へかけ込んで来て、自分の三畳の部屋をぴっしゃり閉め切ってしまって、小さくなって竦《すく》んでいたそうです。なんだか変だと思っていると、誰が見つけたか知らねえが、河内屋の裏口に変な婆が来てそっと内をのぞいているというので、番頭や小僧が行って見ると、なるほど忌《いや》に影のうすい婆が突っ立っている。変だとは思ったが、真っ昼間のことだから大きな声で呶鳴《どな》り付けると、婆は忌な眼をしてこっちをじっと見たばかりで、素直《すな
前へ 次へ
全37ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング