じゃねえ、これが呼ぶんだ」
彼の眼の前へつかみ出したのは、かの南京玉であった。それを一と目みると、豊吉はもうなんにも云わないで、すぐに長火鉢の抽斗《ひきだし》をあけた。ふだんから忍ばせてある鰹節小刀をその抽斗から取り出して、彼はそれを逆手《さかて》に持って起ちあがろうとする時、半七のつかんでいる南京玉は、青も緑も白も一度にみだれて彼の真向《まっこう》へさっ[#「さっ」に傍点]と飛んで来た。
眼つぶしを食って怯《ひる》むところへ、半七は透かさず飛び込んでその刃物をたたき落とした。葱鮪の鍋の引っくり返った灰神楽《はいかぐら》のなかで豊吉はもろくも縄にかかって、町内の自身番へ引っ立てられた。
「やい、豊。てめえ、手むかいをする以上はもう覚悟しているんだろう。正直に何もかも云ってしまえ。てめえは信濃屋に泊まっている甚右衛門とどうして近付きになった」と、半七はすぐに吟味にかかった。
「別に近付きというわけじゃありません。去年の暮に一度たずねて来て、なにか手文庫の錠前がこわれているから直してくれというので、宿屋に見に行きましたが、あいにく留守で、こっちも忙がしいのでそれぎり行きませんが、その甚右衛門がどうか致しましたか」
「白らばっくれるな。さっき南京玉を見たときに、てめえはどうして顔の色を変えた。さあ、有体《ありてい》に申し立てろ。手前なんで甚右衛門を殺した。ほかにも同類があるだろう、みんな云ってしまえ」
「でも親分。無理ですよ。なんで私が甚右衛門を……。今もいう通り、たった一度しか逢ったことのない男をなんで殺す筈があるんです。察してください」と、豊吉は飽くまでも抗弁した。
「まだそんなことを云うか。おれが無理か無理でねえか、南京玉に聴いてみろ」と、半七は睨み付けた。「てめえがいつまでも強情を張るなら、おれの方から云って聞かせる。あの甚右衛門という奴は正直な田舎者のように化けているが、あいつは確かに贋金《にせがね》遣いだ」
豊吉の顔は藍のようになった。
「どうだ、図星だろう」と、半七がたたみかけて云った。「あいつが南京玉を買いあつめているのは贋金の金に使うつもりだ。あいつらのこしらえる贋金の地金は、貧乏徳利の欠片《かけら》を細かに摺《す》り潰《つぶ》して使うんだが、それがこの頃はだんだん上手になって、小さい南京玉をぶっ掻いて地金にするということを俺はかねて聴いている。それも一軒の店で一度にたくさん買い込むと人の眼につくので、田舎者の振りをして方々の店から少しずつ買いあつめていたのに相違ねえ。てめえは錺屋だ。あの甚右衛門とぐる[#「ぐる」に傍点]になって、贋金をこしらえる手伝いをしたろう。どうだ、これでもまだ白《しら》を切るか」
豊吉はまだ黙っていた。
「まだ云って聞かせることがある」と、半七はあざ笑いながら云いつづけた。「てめえはいい女房を持っているな。あの女は幾らで品川から連れてきた。その金はどこで都合して来た。てめえ達が一年や半年、夜の目も寝ずに稼いだって、女郎なんぞを請け出して来るほどの金はできねえ筈だ。その金はみんな甚右衛門から出ているんだろう」
ここまで問いつめられても、豊吉はまだ強情に口をあかないので、彼をひと先ず番屋につないで置いて、半七は更にその女房をよび出して、彼の家へふだん近しく出入りするものを調べた。その結果、おなじ職人の源次と勝五郎、四谷の酒屋|播磨《はりま》屋伝兵衛、青山の下駄屋石坂屋由兵衛、神田の鉄物《かなもの》屋近江屋九郎右衛門、麻布の米屋千倉屋長十郎の六人を召し捕って、一々厳重に吟味すると、果たして彼等一同共謀の贋金つかいであることが明白になった。
雪達磨の底にうずめられていた甚右衛門は、上州太田在の生まれであるが、今は一定の住所もないのである。
かれらが南京玉を原料として作りあげた贋金は専《もっぱ》ら一分金と二分金とで、それを江戸でばかり遣っていると発覚の早いおそれがあるので、甚右衛門は田舎者に化けて、旅から旅を渡りあるいて、巧みにそれを遣っていたのであった。
それにしても甚右衛門を誰が殺したのか、それはまだ判らなかった。
四
贋金つかいは江戸時代の法として磔刑《はりつけ》の重罪である。かれら一同はどうで助からない命であるから、誰が甚右衛門を殺そうとも所詮は同じ罪であるものの、ともかくもその事情を明白にしておく必要があるので、一同は更にきびしい吟味をうけた。そうして、かれら七人のなかで雪達磨の一件に直接関係のあるのは、かの錺《かざり》職の豊吉と源次と、近江屋九郎右衛門と石坂屋由兵衛との四人であることが判った。
豊吉が品川から連れてきたお政という女は、もう年明《ねんあ》け前でもあったが、それでも何やかやで三十両ばかりの金がいるので、豊吉は抱え主にたのんで先ず半金の十五両を
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