の奴等の仕業ならば格別、単に周道が忠三郎を投げ倒して気絶させたあとへ、あたかも通りかかった者がふとした出来心で奪いとって行ったとすると、差し当りなんにも手掛りがない。半七もこれには少し行き悩んでいると、ここに又一つ事件が起った。
それはこの化け銀杏の下へ女の幽霊が出るというのであった。現に本郷二丁目の鉄物屋《かなものや》の伜が友達と二人づれで松円寺の塀外を通ると、そこに若い女がまぼろしのように立ち迷っていた。さなきだにこの頃はいろいろの噂が立っている折柄であるから、二人は胆《きも》を冷やして怱々《そうそう》に駈けぬけてしまったが、鉄物屋の伜はその晩から風邪《かぜ》を引いたような心持で床に就いているというのである。これも何かの手がかりになるかも知れないと思って、半七はその鉄物屋をたずねて病中の伜に逢った。せがれは清太郎といって今年十九の若者であった。
「おまえさんが見たという幽霊はどんなものでしたえ」
「わたくしも怖いのが先に立って、たしかに見定めませんでしたが、提灯の火にぼんやり映ったところは、なんでも若い女のようでした」
「女はこっちを見て笑いでもしたのかえ」
「いいえ、別にそんな
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