おかしい。ねえ、そうじゃありませんか。そうなれば、また踏ん込んで表向きに詮議も出来ます。どっちにしても、御用人を連れて行って一度見て来てください」
「承知いたしました」
忠三郎は怱々に帰った。
その晩にでも再びたずねて来るかと、半七は心待ちに待っていたが、忠三郎は姿をみせなかった。その明くる日も来なかった。おそらく用人の方に何か差し支えがあって、すぐには行かれなかったのであろうと思いながらも、半七は内心すこし苛々《いらいら》していると、その晩に子分の仙吉が顔を出した。
「親分。探幽の一件はまだ心当りが付きませんかえ」
「むむ。ちっとは心当りがねえでもないが、どうもまだしっかりと掴むわけにも行かねえので困っているよ」
「そうですか。いや、それについて飛んだお笑いぐさがありましてね。なんでも物を握って見ねえうちは、糠《ぬか》よろこびは出来ませんね」と、仙吉は笑った。
「おめえ達のお笑いぐさはあんまり珍らしくもねえが、どうした」と、半七はからかうように訊《き》いた。
「それがおかしいんですよ。わっしの町内に万助という糴《せり》呉服屋があるんです。こいつはちっとばかり書画や骨董《こっとう》の方にも眼があいているので、商売の片手間に方々の屋敷や町屋《まちや》へはいり込んで、書画や古道具なんぞを売り付けて、ときどきには旨い儲けもあるらしいんです。その万助の奴がどこからか探幽の掛物を買い込んだという噂を聞いて、だんだん調べてみると、それがおまえさん、鬼の図だというんでしょう」
「むむ」と、半七も少しまじめになって向き直った。「それからどうした」
「それからすぐに万助の家へ飛び込んで、よく調べてみると、万助の奴め、ぼんやりしている。どうしたんだと訊くと、その探幽が贋物《にせもの》だそうで……」
半七も思わず笑い出した。
「まったくお笑いぐさですよ」と、仙吉も声をあげて笑った。「なんでも二、三日まえ、あいつが御成道《おなりみち》の横町を通ると、どこかの古道具屋らしい奴と紙屑屋とが往来で立ち話をしている。なに心なく見かえると、その古道具屋が何だか古い掛物をひろげて紙屑屋にみせているので、そばへ寄って覗いてみると、それが鬼の図で狩野探幽なんです。万助の奴め、そこで急に商売気を出して、その古道具屋にかけ合って、なんでも思い切って踏み倒して買って来たんです。古道具屋の方も、探幽か何だか
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