》ってしまわなければならないと決心した。
しかも彼はぬけ目のない一策を案じ出して、ひそかに伊勢屋へ押し掛けて行って、久次郎の母に厳重の掛け合いを申し込んだのであった。久次郎は行者に懸想《けそう》してかれを涜《けが》そうとしたというのである。飽くまでも彼を信仰している母のお豊は唯ひたすらに驚き怖れて、みごとに計画に乗せられたので、式部は思うがままに二百両の金をつかんで帰った。久次郎が母に責められて、その無実を明らかに証明し得なかったのも、やはりその内心に疚《やま》しいところがあったからであった。式部におびやかされ、母に責められても、美しい行者にまつわり付いている彼の魂は、ほかに落ち着くところを見いだし得なかった。かれは今日の掛け合いの事情を問いただすために、日が暮れてからそっと祈祷所へたずねてゆくと、式部はさえぎって内へ入れなかった。行者との面会は勿論ゆるされなかった。心の汚れているお前のような者に祈祷は無用であると、式部は行者の口上を取り次ぐようにして断わった。久次郎は行者の前で一度|懺悔《ざんげ》したいと云ったが、それも許されなかった。式部は何事も行者様のお指図であると云って、かれ
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